大和国は言霊の咲きわう国だという。言葉そのものに霊的な力が伴うとする考えは日本固有のものではなく、古代ギリシャよりロゴスの概念には、言葉を神の秩序、神そのものとも同一視されてきた。よごとであれまがごとであれその言葉を口にしたものの真理は言葉の意味が刻まれ発言者自信とその環境の未来に深く影響を与える。

 ヒトの行動が全て脳の伝達という電気信号として、脳内と世界をつなぐものは言語です。国によって使う母語は違えど脳内にある自分に見える世界を具現するのは言語です。文字におこすか、音声で発するかは違えど言語にしなければ自分に見えているものを他者に通じるかたちで表現できるものはありません。絵画、イラストというかたちでの伝達というのも存在しますが、解釈が統一されないという意味では論理性を持たせた言語には劣ります。
 しばしば言われる「何となくわかってきた」なんていうのは全くわかっていないのも同義です。他者が理解できるだけ整理された、体系化されたかたちで言語になっていない段階でそれは誰にもわかっていないもの同然です。日本の釣り、特にバス釣りの世界で考えてみれば、体系化されたtheory/理論、パターンというものがいかに存在していないのかということを観察してみれば、プロ・カリスマ・メディアを自称しようが彼らには何もわかっていないのです。
 そしてこの場を使って個人的な謝罪しておきます。当ブログを開設してから数年経過しますが、それなりの数の人々の目に触れたかとは思います。しかし、その目に触れてしまった影響により、触発されて論理的、科学的、アカデミックといった体系化された学問として釣りを目指そうとする人たちも出てきたように思われます。しかし、そんな影響された人たちの半端な気持ち、勉強具合によってちょっと頭良いでしょアピールのようなショーモナイことを発信する人たちが出てきていることには誠意を持って謝罪したいところです。当著者はそのような似非科学やアカデミックを偽称するような連中を許すつもりもありませんし、批判していく立場であろうとすることが謝罪の誠意だと考えています。ただし騙そうとしてそういったことをしている連中は批判によってある程度は解決できますが、厄介なのは善意でやっていることが結果として似非科学や非学術的考察となっている場合です。それでも情報収集という勉強方法や体系化するという整理方法を教育機関で学んでこなかったことが原因ですから、己の責任ではあります。しかし、加えて教育という国民全体的な責任もどこかしらに内包していると考えています。
 簡単に言えば、「論理的、学術的でないことをあたかもそうであるかのように発信して、何それ、当方に喧嘩売ってんの?」ということです。そうあろうとすることには何の批判もありませんし、推奨するべき態度だと考えていますが、どうも別の思惑があるように見えて仕方がないということです。

 さて、釣りにしても何でも、その現象が一体何を基盤にして考えられているのか、またはいつ頃からそう考えられるようになったのかといったことを知りたいと思えば、何をすれば良いのでしょうか。答え方は様々ですが、歴史に学べば良いのです。その歴史に学ぶとは一体何なのかといえば、紙媒体に記された記号、つまり言語による文字から推察するという行動です。察しの良い人にはもうわかったと思いますが、関連しそうな書籍を集めて情報を可能な限り大量に収集し、その収集できた情報から見えてくる共通する「何か」を導き出してあげることです。これが情報の整理であり、体系化と呼ばれるものです。体系化することができれば、全ての乱雑な情報をそのまま全て記憶する必要はなく、樹木で比喩するならば木の幹と枝葉という具合に情報の記憶にも筋道、論理性がつくられ情報がさらに追加、蓄積されようとも混乱を招くことがありません。
 そんなわけで、歴史がいかに重要か、釣りにおいても発行年が古い書籍といった情報を収集することが今に役立つという紹介です。加えて、前提としておくべきことは日本でのbass fishingへの理解はthe U.S.と比較して40年または半世紀、50年は遅れていると言って間違いありません。これも全て歴史に学んだことから導き出される結論です。ここまで説明すれば、今、現在に起こる現象を理解するためには過去を知らなければならないという意味が理解できるのではないでしょうか。そしてこの時点で、半端な気持ちで学術的な勉強することなどできないという現実も理解できることかと思います。体系化できない、理解できないというものは全て己の勉強不足です。世間のバス釣り好きを自称するいい歳したオトナ連中に向かって酷なことを言えば、「勉強し直して来い。」の一言に尽きます。

 さて当ブログにはそんな勉強方法がいくらでも転がっているとは思いますが、今回もヒントとなるような一冊を紹介しようと思います。
 まず著者は西山徹氏です。彼は非常に残念なことに2001年に亡くなられています。大学で魚類学を専攻していたという背景から、学術的な考察を日本の釣りに導入しようとした方でもあります。しかし、その彼の意志を継ぐ人というのは現れていません。従って、日本で学術的な見地からの釣りというのは歴史を掘り下げたところで非常に浅いものであり、追いかける価値はそれほどないということも言っておかなければならないことだと考えています。あくまでthe U.S.という本国の情報が木の幹であり、枝葉を追いかけても意味がないという助言です。その例えでいくならば、日本で木の幹は育たなかったのです。それでも木の幹を形成した後、知った後に枝葉を見ておくことは決して悪いことではなく、現状がどのように形成されたのかという理解は今から未来にかけて己の行動をどうしていくのかといった決断につながるはずです。
 1979年に出版されたペーパーバックです。『湖沼の~』としているため様々な魚種について書かれています。しかし、ラージマウス・バスについては、様々な1970年代の洋書を読んで勉強したことを伺わせる内容がしっかりと記されています。季節ごとの行動という生態、釣り方・アプローチに関する指摘とそのイラストなどを見ると本国で出版された書籍を強く意識していることが伺えるということです。またその概念は他魚種を開設するときの基盤として利用されているように見えます。
contour line fishing
 例えば、こういった等深線、ボート・ポジション、アプローチといった情報入りのイラストは、本国の書物を参考にしたことが伺えるということです。現状の日本の釣りに関する書籍、雑誌に形骸的にこういったイラストが残っていることもありますが、形骸的と言っているように中身がない、それがなぜ重要なのかという思想・イデオロギーが失われたオリジナルなきコピーでしかないものしか見ることができません。加えて、日本の釣り場に関する地図が発売されていたとして等深線が入っていない時点でそういった釣りに関する重要な思想が失われている、またはそもそも思想形成されなかったのは間違いないのです。
 そしてこのイラストを正しく観察してみると、イラスト上で尾根と表現されている「point/岬」に対してきっちりとゾーン別に探っていくダウンヒルまたは「トップ・トゥ・ボトム・アプローチ」されているところを見てもかなり基礎・基本を勉強していたということも伺えます。当ブログでもこういったボートからのアプローチに関してのエントリーを掲載したことがあります。大事なことなので何度でも言いますが、そういった参照なしにこの書籍が書けなかったのは自明ではないかということです。そして、こういった情報がいかに重要なのか、西山氏の目、センス、賢明さによって整理され編集されたことに敬意を表さずにはいられません。逆に現在新たに発行される書籍・雑誌というのはそういった学術的なセンスが全くありません。重要なことが重要なことであると伝達されず、ルアーがどうとかといった道具かそれらを使ったドーデモイイアプローチ方法しか掲載されていないという意味です。ネタ切れなどと言い訳することを先に封じるならば、基礎・基本というのは時代が変わっても変わることがないから基礎・基本なのであって、時代が変わっても価値が変わらない伝達するべき最も重要なのは基礎・基本です。大事なことなので何度でも言いますが、基礎・基本なくした情報など新規参入者や当事者の周囲に理解されるはずもなく、衰退する未来しかないのです。
 最初に戻りますが、何が基礎・基本なのか理解していない人たちがプロ、メディアを名乗るおかげで、誰も基礎・基本を知らない。そして、基礎・基本が重要であると認識しない頭の弱い方々には、勉強するということを知りませんから一向にそれが改善することもありません。わからないことをわからないままにしてしまう態度を持っていても問題ないかのような世間の風潮は、教育の根本的な問題なのです。世間の「釣りバカ」と言われたときに想像する像は「当方のように学術的な思考を使用したり、情熱を持って釣りをしている。」のではなく単純に「バカが釣りをしている。」のではないかという偏見があると申したことがありますが、まさにこの偏見を生んでいる理由がそういうことなのです。フィールドワークとして学術的に繰り返し検証・経験するべきこと、サンプルを可能な限り収集することを「修行」とかいう語彙で表現してしまう中途半端な体育会系の人しか釣り関連に残っていないという偏見もそういうところから生まれます。バス釣り好きを自称している人たちって論理的とか体系的といった語彙を使えない人たちで溢れている偏見があります。大事なことなので何回も言ってみました。「なぜ?どうして?」を魚に聞いてみなければわからないなどという言い訳をする人たちなんていうのはフィールドワークという実践をする探究心に欠けていることに加え論理的思考まで欠けている典型です。一般的な「なぜ?どうして?」といった疑問に答えられない最大の原因は己の勉強不足、情報不足であり、それさえ補ってしまえばある程度自分が納得できる範囲で合理的な解に辿り着くことは可能なのです。それらを諦めてしまった人たちに「学術的、学問的、ましてや統計学」などといった語彙を釣りに持ち込むのは学問に対して喧嘩を売っているとしか思えません。脳まで筋肉的な感情論的な論理性を欠いたことしかできないのであれば、最初からその路線を進めば良いわけで住み分けするべきです。中途半端な気持ちで学問側にすり寄ってくるのはただのご都合主義でしかありません。そういった感情論だらけに嫌気がさして本当の合理性を持ったbass fishingの基礎・基本を知りたい人だけが学問側に足を踏み入れるべきです。
 閑話休題、紹介する書籍の内容ですが、例えば重点的に狙うべき水深に関して、岸際からの50cmというカバー周辺と3-6mというディープのストラクチャー・フィッシングを推奨しています。この辺りは個人的趣向が強くなると思いますが、ロッドワークでルアー・ベイトを操作できる限界あたりをシャローとして捉えているあたりのセンスは良いと思います。そして、ルアーをキャスティングで使用する際に最も有効に使える20ftこと6mと言っているあたりも非常に賢明な判断です。実際に3-4.5m、つまり10-15ftの水深にラージマウスの群れがよく形成されることに触れているあたりも「なぜその水深なのか?」という疑問に対しての合理的な解答となっています。何度も言っていますが、ラージマウスについて生態からアプローチまで非常に良く勉強されていたことが伺える文章がいくつもあります。そして何より魚から考えて釣りを組み立てているという点に彼の明晰さが表れています。
 簡単に体系化といっても、そこに辿り着くまでに多量の資料を収集し、理解し、その多量にある乱雑な情報の中に「何か共通点がないか」ということを整理していくことを言います。ただ1冊程度の本の知識から理解できることが本当に重要なのか、基礎・基本なのかどうかという判断も最終的には収集した情報量と理解した量によって決まります。こういった作業を繰り返ししたことのある、高等教育を正しく学んだ人にとってみれば、書籍・雑誌を選択する段階からほぼ最小の情報収集で体系化まで辿り着くことができます。これがいわゆる経験から導き出されるセンス、鼻が利くというものなわけですが、この感性が釣りに役立たないはずがないというのが当著者の主張なわけです。書籍を紹介しているのはそういう理由です。
 最後に西山氏のあとがきを引用したいと思います。「『だれよりも多くの魚を、コンスタントに釣りたい。』これは、アングラーに共通した夢でもあります。私自身が今日まで、歩んだ道もまた、人よりも多く釣りたい、より大物を仕止めたいという、アングラーの共通の夢を追ったにすぎません。これから先、生涯、その夢を追いつづけるに違いないのです。」そして彼は学問的、学術的な釣りという基盤からそれを探求したわけです。科学によって生物学にしても生理学にしても様々な実験結果により多くのことがわかってきている現状に、なぜか日本の釣り人はそれらを利用して釣りをしようとは考えません。それは本国・the U.S.でも同じことが起こっているのですが、現状大量の道具、モノが溢れてしまったことによって、知恵を絞る、創意工夫といった感性が鈍ってしまった、または失われてしまったという問題が少なからず存在していると当著者は結論づけています。それでも、誰もが天才的な感性を持っているわけではありませんし、最初は誰だって何も知らないのです。そうだとするならば、モノが溢れてしまってはいますが、誰かがそういった感性を失わないようにと啓蒙するべきなのではないかというのも当著者の主張です。本国の方が日本より明らかにマシだと言わせる理由に、まだそういった感性を失っていない人たちがなるべくそういった感性を失わないようにしようという啓蒙活動をメディアを通してしてくれているところがあります。日本にもモノが溢れる前に、モノが溢れる前を生きてきた先人たちが体系化したこのような基礎・基本を忘れるべきではないといった啓蒙活動があってしかるべきだということです。モノが溢れ、感性が既に損なわれてしまった現代人にはなかなか通じるものでないのは承知ですが、誰かがやらねば決して先には進めません。そして、その誰かとは、まず当著者自身がやらねばならないことでもあるのです。

 提案としては、当方が脳筋の人たちとわかり合えるわけありませんし、住み分けるべきであって、当ブログの学問的な側面に影響されるようでしたら読まないことを推奨します。中途半端なアカデミック・アピールは己の勉強不足を公に晒すだけです。無学を公に晒すぐらいならむしろ無知の知としてどのようにするべきか教えを請う方が生産的です。ただし、その点に気がつかない時点で、無学を晒していることにはきっと気がついていないからこその態度であるということも言えます。それができるのであれば経験としてちゃんと勉強したことがあるか、そもそも今勉強しようとしているはずです。やはり帰納的に考察して住み分けるべきとの結論に至るわけです。

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There are main contents.KVD;Kevin VanDam,He is a one of my angling hero.I translate his article in Japanese.Also BASSMASTER Magazine and BASS Elite series pros info too.
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